紹介
執事の娘・西川安菜を哀れんで手を差し伸べた結果は、地獄。
兄たちの愛を奪われ、文字通り血を吸い尽くされ、体重は40キロを切った。
追い詰められた私は、絶望のまま窓から身を投げた。
死に際の一言は……「で? これから安菜の輸血はどうするの?」という皮肉。
……のはずだったのに。
目を覚ますと、私は三年前——安菜が泣きつかれてきた「あの日」に戻っていた。
可哀想なフリをする彼女を見つめ、私は笑った。
もう二度と、優しさなんて見せない。媚びもしない。
“親切”に立ち振る舞い、彼女を使用人部屋へ追いやって自立させてあげることにした。
彼女ばかり庇うお兄様たちの機嫌取りも、もう終わりだ。
かつて尽くしまくった元婚約者・石野星紀なんて、視界に入れる価値すらない。
勘違いしないで。
今の私は、ただの「有岡家のお嬢様」じゃないんだから——。
チャプター 1
有岡里穂は壁に手をつき、蒼白な顔で採血室から出てきた。腕には針の跡がいくつも点々と残っている。
今月だけで、これが三度目の採血だ。鉄でできた身体でも、こんなことを繰り返されたらもたない。
「安菜、具合はどうだ? まだふらつくか?」
そのとき、隣の病室から聞き慣れた声がした。有岡里穂は足を止める。
一番上の兄・有岡隼人の声だった。隼人兄さんがこんなふうに誰かに優しく話しかけるのを、彼女はもう長いこと聞いていない。
けれど、その優しさは自分のものではない。向けられている相手は――西川安菜。うちの使用人の娘。
「大丈夫です、隼人兄さん」西川安菜が、弱々しく甘えた声で返した。「それより……里穂さん、平気でしょうか? 私のためにあんなに血を抜かれて、きっとつらいですよね……」
「つらいも何もあるかよ」二番目の兄・有岡哲哉が割り込む。声には露骨な嫌悪が滲んでいた。「血をちょっと抜いただけで死にゃしない。お前は優しすぎるんだよ。あいつに階段から突き落とされて、あれだけ怪我したのに、まだ庇うのか?」
有岡里穂の指先が、じわりと握りしめられる。
自分は西川安菜を突き落としてなどいない。あの日、足を踏み外したのは西川安菜のほうだ。里穂は手を伸ばして掴もうとしただけ――なのに逆に押し返され、自分が階段を転げ落ちた。
起き上がったときには、西川安菜は隼人兄さんの腕の中で泣いていて、他の二人の兄もまた、有岡里穂を極悪人を見るような目で見ていた。
「まったくだ」三番目の兄・有岡健太が冷笑する。「有岡里穂みたいな性根の腐ったやつは、優しくすりゃするほど付け上がる。あんなの、俺の妹でもなんでもない」
「でも……」
「でも、じゃない」有岡隼人が遮る。「お前は身体を休めろ。ほかは気にするな。医者が言ってた。この週、もう一回輸血が必要だ。有岡里穂をまた呼べばいい」
また――来い、だって?
有岡里穂は全身が震え、慌てて病室へ身を滑り込ませた。壁にもたれ、目の奥がつんと酸っぱくなる。
十九歳。体重は四十キロにも満たない。
初めて採血したとき、看護師は眉をひそめて言った。
「この体格で、この量は無理がありますよ」
それでも誰も聞かなかった。
兄たちは彼女を半ば力ずくで病院へ連れて来て、ベッドに縛りつけ、医師に命令して採血させた。
もうあんな痛みは嫌だ。ここから逃げたい。
有岡里穂が必死に逃げ道を探したその瞬間、病室の扉が勢いよく開いた。
隠れる暇もなく、二番目の兄・有岡哲哉と鉢合わせる。
「ここで何してる」哲哉の視線が一気に冷たくなる。「盗み聞きか?」
「わたし……」里穂は口を開いたが、言葉が出てこない。
言っても無駄だ。
「里穂さん、大丈夫?」西川安菜が幽かな声で言った。顔には心配そうな表情が貼り付いている。「ごめんなさい……兄さんたちも私のことが心配で、献血をお願いしただけなんです。責めないでくださいね。責めるなら、私を……」
「責める資格なんてあるかよ」有岡健太が鼻で笑う。「蛇みたいに性根の悪い女が、お前に血をくれてやれるだけでも光栄だろ」
有岡里穂は顔を上げ、ベッドの上の少女を見た。
西川安菜は枕に凭れ、細い身体をさらに小さく見せている。潤んだ大きな瞳がぱちぱちと揺れ、長い睫毛が震える――怯えた小鹿みたいに。
誰が見ても守ってやりたくなる顔。
そして有岡里穂は、かつてその顔に騙された。
三年前。西川安菜は有岡家の前に跪き、母が亡くなった、父は重病だ、行く場所がないと泣き縋った。
里穂は情にほだされてしまった。使用人の娘を追い返せば、有岡家のお嬢様が冷たいと陰口を叩かれる。そう思ったのも大きい。
彼女は兄たちに取り成し、安菜を家に置くよう頼んだ。妹のように扱い、良い部屋を与え、同じブランドの服を着せ、こづかいまで半分に分けた。
それなのに安菜は感謝などせず、事あるごとに彼女を陥れた。自分を「名家のお嬢様に虐げられる可哀想な子」に仕立て上げ、兄たちの寵愛を少しずつ奪っていった。
最初、里穂は自分が悪いのだと思った。お嬢様気質が誤解を生んだのだと。だから必死で機嫌を取り、必死で良い子を演じ、兄たちがまた昔のように自分を可愛がってくれる日を夢見た。
――全部、無駄だった。
何をしても兄たちの目には「悪」に映った。安菜が転べば、里穂が突き飛ばしたと決めつける。
両親は海外を飛び回り、家の実権は兄たちが握っている。有岡里穂はあっという間に「この家で一番愛されない存在」になった。
里穂が黙っていると、哲哉が乱暴に踏み込み、腕を掴んだ。
「何話してんだよ。安菜に血をやりに行け」
「……え?」里穂は反射的に身を引き、信じられないという顔で見返した。
「安菜の状態がよくない。もう一回、採る」隼人が扉口に立ち、彼女を見る目には冷たさしかない。
西川安菜はその横で、まるで合図みたいにこほん、と咳を二つ。
「無理……もう採れない。採ったら、死ぬ!」里穂は必死に首を振った。生きたいという本能が抵抗させる。
「脅すなよ」哲哉が嗤う。「お前は有岡家で贅沢して育ったんだ。血を少し抜いたくらいで死ぬか」
「本当に……死ぬ……」里穂は哲哉の袖を掴み、声を震わせた。「哲哉兄さん、お願い。数日だけ休ませて。回復してからじゃダメ?」
哲哉はその手を振り払った。
「可哀想ぶるな。安菜は今すぐ血が要るんだ。俺に数日待てって?」
「でも、わたし……」
「縛れ」隼人が聞く耳もたず命じる。
ヘルパーが二人入ってきて里穂を押さえ、外へ引きずり出そうとした。
里穂はもがいたが、弱り切った身体では振りほどけない。採血室へ押し込まれる、その寸前――彼女はヘルパーの手に噛みつき、窓へ走った。窓枠にしがみつき、爪が白くなるほど力を入れる。
「来ないで! 来たら……飛ぶ! 飛び降りるから!」
自分でもどこから出た勇気か分からない。声を張り上げる。
兄たちは顔を見合わせ、動きを止めた。
西川安菜がわざとらしく宥める。
「里穂さん、そんなことしないで……あなたは有岡家のお嬢様なんだから、自分の命を大事にして……」
それを聞いた途端、さっきまで迷いが見えた哲哉がすぐ乗った。
「そうだ! お前みたいな見栄の塊が、有岡家のお嬢様って肩書きを捨てて死ねるわけないだろ」
里穂は怒りで震え、声を上げて泣いた。
「わたしは……あなたたちの本当の妹でしょう! 昔はあんなに優しかったのに、どうして今は……!」
「昔の話をするな」隼人が顔を曇らせる。「お前が安菜を階段から突き落とすような真似をしなければ、こうはなっていない。全部、自業自得だ」
「だから、押してないって……」
「まだ嘘をつくか」隼人が目でヘルパーを指す。「引きずり下ろせ。みっともない真似をさせるな」
健太も嘲るように言った。
「飛べるもんなら飛べよ」
里穂は三人を見つめ、胸の奥が音を立てて崩れていくのを感じた。
ヘルパーの手が伸びる。
その瞬間、彼女は小さく言った。
「……分かった。望みどおりにしてあげる」
そして、身を投げた。
落下の一瞬、背後で悲鳴が重なる。
「……飛んだ? ほんとに?」
「救急車! 早く!」
その中で、隼人の声だけははっきり聞こえた。低く、ひそやかで、残酷に。
「……で、安菜の血はどうする?」
命の最後まで、兄たちが気にしたのは自分の血だけ。
こんな日々、もううんざりだ。
……。
次に意識を取り戻したとき、有岡里穂は泣き声で目を覚ました。
「里穂さん……お願い、私を置いてください……」
彼女は跳ね起きた。目に飛び込んできたのは見慣れたシャンデリア。――有岡家の屋敷。
「里穂さん?」泣き声は続く。「本当は来ちゃいけないの、分かってます。でも、母が病気で……私、行くところがなくて……」
里穂はゆっくり視線を落とした。古びたワンピースを着た西川安菜が床に跪き、涙に濡れた目でこちらを見上げている。
その横には、三人の兄。安菜に同情を浮かべている。
見覚えがありすぎる光景だった。三年前、西川安菜が初めて有岡家に来たときと、寸分違わない。
胸の奥で、突拍子もない考えが芽生える。
――まさか。
――私は、やり直している?
最新チャプター
#170 第170章 おじいちゃんが君のために勝ち取ってくれたんだよ
最終更新: 9/17/2026#169 第169章 眠れ
最終更新: 9/17/2026#168 第168章 彼は私の命を狙っている
最終更新: 9/17/2026#167 第167章 あわやあなたの曾おじいちゃんに会うところだった
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最終更新: 9/17/2026
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かつて私に婚約破棄の書類を叩きつけた冷酷で傲慢なCEOでさえ、今や何かに取り憑かれたように私を追い回し、「もう一度だけチャンスをくれ」とすがりついてくる始末。
私を捨てて、自分たちの人生を『アップグレード』したつもり?
笑わせないで。最初から、圧倒的に上の存在だったのは私のほうよ。
お払い箱の杖は、夜に咲く
事故で盲目かつ失聴した夫を5年間、溢れる愛で献身的に支え続けた主人公。しかし、五感が戻った夫が最初に抱きしめたのは、かつて彼が愛した初恋の女だった。
家族からも夫からも裏切られた彼女は、未练を一切捨てて離婚を決意。
離婚の理由に「夫の夜の体力不足」という最大の屈辱を書き残し、結婚指輪を捨ててあっさりと家を出る。
夫の好みに合わせてこれまで隠していた「息をのむほど明艶な美貌」を解放し、夜の街へと繰り出した彼女は、一瞬で全場の視線を独占する。
バーのVIP席からその圧倒的な美女を凝視し、なぜか目が離せなくなっている元夫は、まだ気づいていない。それが、自分が「地味で退屈な女」だと見下していた元妻の真の姿だということに……
本物令嬢の正体がばれました
デザイン部のディレクターの席? 本当の娘へ。
何千万円もの価値がある婚約話? 本当の娘へ。
会社中の人間が、彼女という「野良扱いの娘」がどう転げ落ちていくか、笑いものにしようと様子をうかがっていた。
そんなある日、世界限定二十台の高級バイクが会社の前に止まる。降りてきた不良っぽいイケメンが言った。
「妹、兄貴と一緒に帰るぞ」
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「なるほど。俺の本当の婚約者は、君だったわけか」
転生して、家族全員に跪いて懺悔させる
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復讐を果たす!
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全能令嬢の帰還、家族が倒産?
父は冤罪で獄中にあり、母は病に伏せっている。
六人の兄たちも、ある者は身体に障がいを負い、ある者は無気力に沈んでいた。
そんな折、家に潜り込んでいた偽令嬢は状況を見るや否や一家を見捨てて姿を消し、さらに屋敷までも奪い取ろうとしていた。
世間は夏川家を「落ち目の負け犬」と嘲笑い、皆がこぞって踏みにじる。
紅蓮が静かに一声を発すれば、暗部より無数の異能の士たちが姿を現し、形勢は一瞬にして逆転する。
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しかし、そんな彼女を指さして嘲る者がいる。
「夏川紅蓮は地味で野暮ったい田舎者だ」と。
何を隠そう、彼女は無数の隠された顔を持つ存在。
神医の令嬢も彼女なら、国画の大家も彼女。
伝説のハッカーも彼女なら、正体不明の謎の女優も彼女。
そして、暗部を統べる首領さえも——彼女なのだ。
そんな折、頂点に君臨する名門の若様が、彼女をそっと腕のなかに抱き寄せた。
「誰が彼女を田舎くさい地味女だと言った? 彼女こそ、俺・諏訪淳行の婚約者だ」
紅蓮が流し目をひとつ送る。
「婚約、破棄しなくていいの?」
「しない」
彼が長いあいだ追い求めてきた決して手の届かない高嶺の花こそが、いま腕のなかにいる婚約者なのだ。
解消などありえない——この婚約は、死んでも解消しない。













